noki’s diary

タルパと私のログ

タルパク問題について

タルパクとはタルパ+パクる(盗むの隠語)を組み合わせたネット造語である。「パクった要素のあるタルパ」「タルパをパクる」人、あるいはそういった行為を表す単語と私は解釈している。最近これが頻発している印象が強い。
私がこの直近1か月で、ツイッター上で見かけた限りでも2件あった。
この記事はすでに発生したタルパク問題の詳細については言及しない。私の所感を述べるのみである。

私が小学生の時、似たような出来事を間近で見聞きしたことがある。他の子のオリジナルキャラクターを丸パクリした創作物を見せつけてくる女子がいたのだ。
その子はその後周囲からハブられ、大人しくなり、卒業と共に疎遠になった。最近のタルパク問題で真っ先に思い出したのがこれだった。

パクられた子は、ラレ子とでもしておくが、学年でも中心的人物で、漫画やアニメに明るく傾倒していた。
ラレ子は人柄もよく、魅力的なオリジナルキャラクターを作ることもできたし、画力も高かった。それゆえ人気もあった。
逆にパクってしまったパクリちゃんは良くも悪くも目立たず、特徴もない普通の女の子だったように思う。

実はよーく目を凝らすと人の物が欲しくて盗ろうとする人たちはどこにでもいる。とってしまう人は物理的に手に入れたり、ほらを吹いて手に入れたようにでっちあげをするのであるが、得てしてそれは本当の意味で手に入ったとは言えないと思う。
本当に欲しいものは、人の能力や向けられる羨望の眼差し、地位だったりと形がないことが多いからだ。なので、1度のみでは飽き足らずまた他の人から盗みとる。

パクリちゃんは、パクったキャラクターの向こう側に人気のあるラレ子の影を見ていたのではないだろうか。ラレ子の人気、画力、創作力、人徳・・・。それらが羨ましいを通り越し、欲しくなってしまったのでは無いだろうか。その結果、本人が自覚のないままパクリ行為となってしまい、ハブられてしまったのでは無いだろうか。
一概にこういった傾向の人達の心の内が全てこうだとは言わないが、パクリちゃんに関しては間近で見ていた分、そのように感じる要素が沢山あった。

これは服装マネ子ちゃんや彼氏盗り子ちゃんにも言える。本当に欲しいものはその方法では手に入らない。模倣をするのなら模倣を模倣と自覚し、それをゆくゆくは昇華させようという意気込みやプライドが必要だ。

人は人生の序盤で「盗むことは有形無形に関わらずいけないことだ」と理解するが、世の中には知識として知っていても本当の意味で理解できていない人というのが一定数存在する。
子犬も、犬同士のじゃれ合いの中で甘噛みの加減を学ぶという。人間関係の希薄な現代では、上記のパクリちゃんのように現実世界で揉まれ、骨身にしみて理解するはずの概念をSNS上で身に付けるしかないのかもしれない。

自覚も結果の予測もつきながら、それでも行動してしまう人はもはやそれが癖になってしまっているのだろう。癖とかいてヘキと読む。極端な例だと、お金があるのに万引きをやめられない人がそれだ。
そこまで行ってしまうともはや一般人にはお手上げである。誰にも迷惑をかけないのであればいいが、著しく生活を困難にしているのであれば本人の為にもこじれる前に専門家にお世話になるしかない。

タルパクを法律に当てはめてどうこうと言う人は多くはないだろう。だが、確実に不快な思いをする人は出る。
人間誰しも完璧ではないので間違えることもあるだろう。そんな時はごめんなさいとありがとうをしっかり伝えられるような人でありたい。